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我が痛みは人のもの 神に痛みはない

念じれば吉

何が?

夜毎に思う正義よ
誠よ真なればこそ実りだと思わぬか

つまり想念はいつも誠実であれと言うわけね?

果たさずの下らぬ心情など
重ね費やしてもゴミクズのようだのう

誰のためにか?

自らか
神か
真か
祈りか
心か
霊かな

はい、了解!
分かりました、ありがとうございます!

今回のブログの命題は
いかにして神社参拝を続けるかである

とりわけ自分は色々な神社に
ただ参拝をしに行く
けれど根本的に何か手応えを造りたいわけだ
積極的にね

現時点の考察は
願いは自分の望か
または他人からか
または神様からか

願いそのものも次元を上げたい処だ
何を参拝することが高位足り得るのかだ

何千年前から伊勢の神事は行われているらしい
これは平和の象徴であり儀式であり
実際的な現実における神様との交わりだ

庶民の自分が神社参拝をして
このような神事にまで
行為を高位化することを目指したいし

験力で祓いや祈りの効果が得られたら
何だか格好いいなと思う

ではどうやるか?

霊視なり感覚を鍛えることだろう
なぜなら見ている世界を越えて新たな局面に
突入するには想像力を行使して
霊視なり感覚に見えないものが引っ掛かると思う
とにもかくも受動的ではなくて
積極的に想像力を働かせて前進するわけだ

なぜなら?

単に面白く
有意義な高位の祈りを具現化出来て
自らは有効的な演者という能力者になるのだ

どうする?

現時点で
すべての高位は先人の文明であり
高位を目指すことは先人の真似事なわけだ

何かしらの自らのアイディアが
神の御心に叶い
満足する結果や流れになることをやろうと思う

神様は何を望むのか?

神社参拝の願いは神様の願いでもあり
いかに自分の願いを高位に高められるか
その実践が問われる