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神社巡りを判断する

行きたい神社があれば簡単に行ける、
遠かったりすれば、お金、時間も、かかるけど。

今の自分は、ムカデが歩き方を忘れたように、
神社巡りを判断している、

行ってどうする?
神様はどこにでもいるだろう。

美しい空間の神社を愛している、
そこに神様はいるかね?

たまに神社参拝していると寿老人が出てくる、
自分についてるのか、神社にいるのか。

この神社巡りの問いは、寿老人からだと思う。

行きたいなら、すぐ行ける、正月まだ一月、
色々たくさん都内なら神社あるし、
行きたい、行きたい、行きたい。

行ってどうする?
観光かい、何度も何度も、それが何になる?
以前に行っただろう。

確かに、以前に行った、
そんなことは、食事に似ている、
毎日の自然なこと。

君の心はどうなんだ?
本当に神様を見ているのか?
雰囲気なんじゃないか、
神社の気配と、神様は別では?

神様はどこにでもいる、
なぜ何度も神社巡りをしているのだ?
いつしかあの祈りを忘れてしまってはいないか?

あの君が一番初めに、自分の努力の真心を、
神様に告げたことと、単なる神社巡り観光は、
全く祈りが異なる、どっちがいいんだ?

そんなに神社に傾倒するなよ、
自然に迷うことなく、自然に行こうよ、
君のやることは何かな?

神様はどこにでもいるのを君は知っているね。