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汚れ 清らか 心とは 正月参拝

正月の神社参拝で、
いつもは人がいないような地元の神社を巡ると、
驚くほど、参道階段の下まで、並んでいた。

なかには並んでない神社もあり、
色々だなと思った、
並んでた所は、後日にまた出向いた。

正月なので地元の氏子さんは、
ドラム缶や穴掘ったりで、焚き火をしていた、
参拝で並ぶと、その煙がもろにかぶり、辛い、
男の自分が思うくらいだが、
あの参拝の人たちのどれくらいが、
この焚き火の煙を嫌に思うかアンケートを、
取りたいくらいだった。

本当に身が汚れたような感触になる、
並んでて「嫌だな嫌だな」と、
神社境内で思うことは、なくしたいと思うが、
毎年の氏子さんの活躍なので、
そんなことはなかなか言えないが、
個人的な気がかりごと。

次の神社に行くと、
あら不思議と、先程の汚れた感覚がなくなる、
神社とはこういうものだと思う。

正月なので、道中の歩道まで、
まるみを帯びたような優しい気配に満ちている、
神社も雅やかで花がある、
全部の神社でお札を頂きたい気持ちにもなる、
が、なんとくそれは出来なくて、
巫様と神職がいて、なんだか特別に、
ここならいいかなと思えるとこで頂いた、
本当は全部頂きたいくらいだけど、
お金なのか気持ちなのか、出来ないでいる。

正月の神社参拝は美しいと思う、
その行為は能動的であり、
神様に向かい会う、

どんな願望を誰かれがしようといいと思う、
神様のもとに人が集まり、
その姿こそ、尊いと思う、

 神は人の敬によりて威を増し
 人は神の徳によりて運に添う

神社巡りが好きで参拝が好きで、
さしたる願い事もあやふやな自分、
神社に参拝できることがどれほど尊いのか、
神社を維持する氏子さんはどれほど尊いのか、
色々考えると、神社参拝観光もほどほどに、
ということなんだと思う。

神様はどこにいますか?
神社だけでしょうか?

なもので、信仰心を、判断したい。
我が御霊は、誰のものぞ、
時にそれは、神様が宿り告げる、

尊いものは、神社以外にも、たくさんある、
その御霊は、誰のものぞ、

古から受け継がれてきた生活ありきである。
神様にお会いするように、
誰にでも尊い姿を見出だしたいものだね!

読んでくれて、ありがとう!