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御霊の風は告げている

 命姿号 魂の行為は貴方の格

 成建気 建の為す力の者

 志滿国 真なれ国の人

 人福徳 徳にも福にも人にも寄れ

 好天喜 天も好ましく喜んでいる 

 想いは神のもの 実りは神のもの 姿さえ

 道を歩けば仏になり 
 空を飛べば神になり
 星を歌えば人になる

 告げよ 成せよ 言葉は心

 神に会う心 神に滿ちる心 さぁ行け!

神社 想念 祟り神 明神 参拝者

参拝者の想念は祟り神であり、
神社の神様に向き合うことで、
参拝者の想念は明神へと代わる。

想念の全ては祟り神である、
神社参拝を介することでよき御霊の明神になる。

これは願掛け内容に関わらず、
起きていることである。

では参拝者ではない想念はどうなるのか、
想念は全て祟り神と考えている。
それが普通の状態である。

神社巡り 徒歩 巡礼

ただ近所の神社を十五箇所を徒歩で巡る。
足取りは軽い、神々に向き合うと、体は万全だ。

途中、コンビニなどで店員に向き合うなり、
自分の意識が神社からそれると体は重くなる。

神々に向き合う力は、威力がある。

口を閉じて言葉を沈黙させ行動すること

まさにブログやネットで書き込むことは、
観念、思想、であり、
雨水のように生まれるばかりだ。

自分の経験で言うと、
言葉を沈黙したならば、
おのずとその観念や思想は自らの行動へと代わる。

現実とは言葉が形になって出来る、
つまり物語る人は言葉ではなく行動となる。

言葉を物語る満足は終わらないし、
さっさと気づいてネットは止めるが吉だろう。

先日、温泉で友達と出会う。
前兆として、更衣室のロッカーの鍵についてる、
腕にはめる輪が切れた、
まるで御守りの紐が切れたように、
そしたら友達と出会ったという流れ。

龍 満ちて 天 巡り 神々に出会う

兆、神のもとで何を語ろうかお主、
何やら飛んでもないことらしいが天の話だな。

符、星を見ることすら忘れて正に趣味などなく、
ひたすら三昧の為した姿を物語るらしい。

この話は一時の玉手箱のように神々を愛しく思うようなお力のあるお話です、験が出ています、祟らずに鎮めなされたことを、どれほど霊妙なる方たちはお喜ばれになられたかは、こうして書くことで太祝詞のように伝わるかと思います、それは確かなことであるからこそ、重要な意味を持つことは、有り余るほどの物語とは異にして、血と体から磨かれたゆえに、香りよい魂の誉れにお気づきになることでしょう、この度は尊様の記憶から漂う感触を、天の姫が奏でてお伝えします、この方は子供でも出来る○をしました、その実力は金メダルのようになり、○は◎に変わり、神社から賞状を頂きました、というのも、その昔に合祀された神社の跡地だけが残されており、土地に宿るものが嬉しくなる◎をこの方がしてくれたのでした、そのお力はどこから来ていたのでしょうか、あまりに切ない事情がありました、それは神社跡地とは別の土地の話なんですが、ヤマタノオロチスサノオとクシイナダヒメの関係なんです、尊様はただ必死でした、初めの○からまさか◎になるなんて神々も思いもしてなくて、お見守りもあるのかないのか、ひたすら尊様は自分の信じることをして参りました、いつしか霊妙な調べは天に響いていたのですね、尊様は龍のように光に満ちるほどになっていたのです、時おり天と通じるように霊剣を手にするまでになりました、美しいことです、尊様のこの活躍は神の話も神社にすらも動向なく行われました、一心の真心であり正にそれは神の道へと通じていたのです、ただあまりに切ないことは、その時には真剣なるがゆえに、一切のことすら気が抜けなくて、ご自身はどうなるかは神々すらも何も分からぬことで、時は静止したように変わらず、ただ尊様の心は推し量ることは出来ないかのような激流に呑みこまれて進み通したのです、ふと尊様も神様のことを調べるようになり、また霊妙なる方たちもお声をおかけになり、尊様はこの世ならぬ所からの祟りを鎮めることが出来るようになっていたのです、ヤマタノオロチスサノオとクシイナダヒメの関係と同じく、ヤマトタケルと荒れる海に身を投げ鎮めたオトタチバナヒメのように、荒れ狂うものを鎮めるのに尊様の霊妙なる姫のお一人の方は、まさにオトタチバナヒメのようにお力を振り絞り、尊様をお救いになりました、その時はあまりの感動に天の霊妙なる方々は清らかな音色を奏でたほどです、尊様は今その霊剣を手に持っておらず、天の姫の私を奏でています、言葉の音色は雪や花のよいに広がりはしますが、これでは尊様のためになりません、尊様には今、二つの御霊が合わさっているのです、そのように尊様の活躍の最中は、同じく霊妙な方々が合わさり力を増していたのでした、まさに尊様の生きざまは神話の体験なのでした。

頭の上から見ている人の考えによると君は

ニュースを見ると、事件がある、
気楽な話題もあるが、やはり違和感に気になる、
それは自分にも似ているからだと思う、

自分が少し気負いで、何事かを為したとする、
(良いことです、しかし無理してるかも)
の時に、シンクロして、ニュースがある。

 君が頑張るとソウルメイトに影響するよ

という感じだ。

 だから君は穏やかに暮らせば世界は平和だよ

と、チャネリングでよく思わされる。

 頑張ってしまう人たちがいる、
 同じ影響を受けてしまう人がいる、
 あらかじめ受けとめる気概があるから
 持ちこたえられるのに、
 予防がないまま負荷が来たら無理でしょう

ニュースで知る人たちがいる、
はたまた世界中で人たちは生きている、
密接に次元が絡まって生きているか分からないが、

なるべくなら上手く時の流れを乗りたいものだ。

ブログ 神話 現実 想像 科学 娯楽

それらの言葉は無意味となる、
無意味の意味付けは、神様によってなされる。
この神様というのは、
キリストでもなく、日本の八百万神様でもなく、
神秘そのものてある、
神秘そのものとは神聖である。

誤解が生じないよう、というか、
実感や慣性の言語感覚を伝えるのは、
まさに共感なのだが、
食べ物そのものを伝えるなんて不可能である。

同じように、この言葉に、鏡を映している。

神様がどこにおられるか、
神社か、生活か、自然か、意識か、など。

神様を品よく祀りたいものです。

と、読んでも、分からないでしょうね、
大したことないブログです、
世間には神社の公式サイトもあり、
それは本当に神様と真剣に向き合うところです。

ふと、自らの言葉は、
それらの真心の現実と離れていることに、
どうしようもない、と思います。
と、思える判断力は大事です、ということ。